「働かざる者食うべからず」を守るため

昭和時代にサラリーマンやりたかった

昭和の時代の未来予想図にはロボットや機械がめんどくさい仕事を引き受けてくれて日々遊んで暮らせる世界が有った。なにが間違ってたかって、技術が進んでも「働かざるもな食うべからず」が残ったことだ。

2018/06/26 22:59

「そこそこ簡単で、それなりの給与と地位が約束される仕事」が消えた世の中では、見えにくい「弱者」が増えている。 | Books&Apps

機械化やAIの進歩仕事を失わない優秀な人たち(嫌味)って、優秀じゃない人たちの仕事が無くなったら「働かざるもの食うべからざる」自体崩壊するのがわからない程度の優秀さなのが人類の限界。

2018/06/26 22:54

立て続けに「働かざる者食うべからず」をテーマにブコメをしたので補足。

「働かざる者食うべからず」という言葉の出処を調べたことはないけど相当古い言葉だと思う。
Wikipediaによると新約聖書の『テサロニケの信徒への手紙二』3章10節には「働きたくない者は食べてはならない」という一節があるらしい。
一方、技術の進化により様々な単純作業や力作業の労働は機械が担う事が多く、人間が駆り出されるのは機械の管理や、機械を使うと採算が取れないような場合だけになってきているし、またAIの進化によって知的労働の分野においてもたくさんの仕事が人々から奪われ始めているらしい。
特に、AIの進化を語る記事では「あなたの仕事もこのままだと失われますよ」と不安を煽るような記事が結構多い。「だから、AIができないような専門性を身に着けましょう」と続く記事も多い。

なんで不安になるかと言えば、「働かざるもの食うべからず」なので、働けなくなったら食うことができない=死ぬしかないからだ。

なら、この状況がもっともっと進めば、「機械が出来ない高度な仕事ができる人」はたぶん比率的にそんなに増えないから、結局働けない人がどんどん増える。
「働かざる者食うべからず」が真理で有り続けるなら、働けない人は食うことが出来ない。
機械化やAI化が進んで生産物がどんどん積み上がっても、それを消費する事ができるのは、「機械に出来ない高度な仕事ができる人」だけになるから、物が余りまくって、一方に飢餓が蔓延するようなことになる。
もちろん、社会保障の枠があれば、「機械に出来ない高度な仕事ができる人」の成果を分配することによって一部の働かざる者が食わせてもらえる状況は出てくるだろうけど、あくまでそれは例外であり「機械に出来ない高度な仕事ができる人」のお情けだから、彼らが不快に感じればそれは容赦なく削減される。
削減されても文句は言えない。だって「働かざる者食うべからず」が真理だから。

さらに機械やAIの進化が進めば「機械に出来ない高度な仕事」も減っていく、「機械に出来ない高度な仕事ができる人」も減っていく。
社会保障が維持されるなら一人あたりの「機械に出来ない高度な仕事ができる人」にのしかかる「働かざる者」の人数は増えていく。不快に思う「機会にできる高度な仕事ができる人」が社会保障の枠を狭めれば「働かざる者」は死んでいく。

これはもちろん妄想だ。世の中はこんなに単純には動かない。
でも、こういう方向性の萌芽は色んな所で感じる。


生産力が小さい時代には、「働かざる者食うべからず」の言葉の価値は大きかったと思う。
でも、生産力が高まり、多くの労働が消滅し、あるいは機械やAIに取って代わられていく時代においてはどうだろう。
生産力の向上が価値があるのは、生産されたものを消費する人々がいるからだ。生産されてただ飾られているだけのものに利用価値はあまり無い。
それでも「働く者」で十分に消費しきれる内はいいだろうけど、消費しきれないむしろ生産するほど無駄になるなら、より機械化やAI化を進め「働く者」を減らして効率を上げなければ…でもそれって水槽の中のタコが餌がないからと自分の足を食べ始めるようなものだ。

「働かざる者食うべからず」を維持するためには、生産物が十分に消費(=食う)される必要がある。生産効率が上がっていくなら、それに合わせて消費効率も上がっていかなければ、自分食いが始まる。
では消費効率を上げるにはどうしたら良いのか?
結局「働かざる者食うべからず」を部分否定するしか無いんだと思う。
例えば「働かざる者」の判断基準を下げるというのはあるだろう。
ベーシックインカムとか社会保障の拡大とか最低賃金の向上なんかはそういった取り組みと言えるだろう。これまで「働く者」扱いされなかった、あるいは低く見られていたものに、より大きな「食う」権利を与えれば、部分的にではあるけれど「働かざる者食うべからず」を維持することはできる。

まあ、維持する必要はないと言われればそれまでなんだが。
消費者になる可能性のある人間を切り捨て、それによって利益を搾りだすようなビジネスって結局焼き畑農業と一緒のように思う。

(生産効率が高まった世界における仕事のあり方の一つの理想は、星新一の「コーポレーションランド」みたいなあり方じゃなかろうか。)