多様性や平和共存は清らかで美しい状態ではない

ホステルに宿泊した女子が散々な目にあったことを暴露したツイートが賛否両論 「この対応は酷い」「ホステルで女子一人宿泊は無謀」と様々な意見飛び交う - Togetterまとめ

ユースホステルを愛用してたものとしては切ない話。宿泊に対する意識や文化が明確に違う客と宿を(たぶん価格だけを軸に)マッチングさせてしまう仕組みの問題。

2017/05/31 09:07

ブコメしたのだけど補足。

宿泊の有り様という文化

宿泊行為にはそれぞれのジャンルごとの文化がある。
旅館には旅館の、ホテルにはホテルの、民宿には民宿の、ホステルにはホステルの、野宿には野宿の。
ホテルだって温泉ホテルとシティホテルとビジネスホテルではそれぞれ文化が違う。
それぞれのジャンルが、発祥した地域時代状況思想等に影響を受けながら発展してきた。

今でこそ、宿泊施設予約サイトで一括で並ぶ状況が当たり前になっているが、20年前にはそれぞれのジャンルごとで施設紹介本が別になったりしていて、明確な違いがあった。
そんな中では、ホテルに泊まる人はホテルに行くし、旅館を好む人は旅館に行った。
件の様なユースホステルに行く人は、ユースホステルの雰囲気や思想やシステムを愛している人が多く、値段だけでなく、選ぶ情報ソースや予約手段などからして、それぞれの文化を持つ宿泊施設&客の住み分けがはっきりしていた様に思う。(少なくとも今よりは)
だから今回の事象は、「そうと考えず異文化の地に踏み込んでしまった件の女性」と「異文化の人と考えず受け入れてしまった宿」との不幸な出逢いであると言うのが私の感想だ。
こうした不幸な出逢いは古今東西ざらにある。
(「あるから別に良いだろう」というわけではない)

仮に今回泊まった人間がユースホステルの仕組みや雰囲気を愛する人だったらこんな否定的な文言が並ぶことはなかったろう。
いや、件の女性を批判しようというのではない。
「泊まる人間が違えば同じ環境でも感じ方が違うのは当たり前」ということを言いたいのだ。

だいぶ前、乙武洋匡さんが通路に階段のあるバーで運んでもらえなかったことをツィートして話題になったが、これなども、足腰が自由な人間ならそういう話は出なかっただろうという点においては同じ様な不幸な出逢いの話に属すると思う。

異文化の不幸な出会いを防ぐ方法

ではこうした不幸な出逢いを防ぐためにはどうしたら良いのだろうか?

ありとあらゆる施設がありとあらゆる文化を持つ人の来訪に備え準備を行うべき?
いやそれは無理だろう。出来る施設はあるだろうがそんなのは世界に一握りだと思う。
もちろん、件の宿には抜かりがあったとは思うし、乙武さんの話題の店にもやりようはあっただろう。
だが「どんな状況でもお客様の要望に100%応える」なんてのは、それなりの見返りを求めることが出来る施設の力であり矜持であって、それをどんな施設でも実践すべきというのは、「どんな時でも親の言うことは100%言う通りにすべき。」という言説が間違っている程度に間違っている。

では、ありとあらゆる人が異文化と思われるものに接触することをやめるべき?
実は一番現時点で現実的な方法ではある。自分の見知った文化を知りそれを受け入れそれを普通と感じている人々・施設・地域・空間だけで過ごせば、異文化によって不快な思いをすることはない。それがかつて有り今なお偏在する「隔離」の根拠でもある。
隔離などというとあれだが、コンビニやレンタルビデオのアダルトコーナーだって隔離による産物だ。
異文化、その文化に馴染まない者は予めお断りすることが出来れば、不幸な出会いはだいぶ防げる。

しかし、この「異文化、その文化に馴染まない者は予めお断りする」ための既存のフィルターは欠陥品の場合が多い。その人の持つ文化は心のものなので概ね目に見えないからだ。
そのため、感覚器で感覚できる情報に依存することになる。
肌の色、目の色、髪の色や質、服装、髪型、持ってるアイテム、喋り方、立ち居振る舞い、臭い、それらが醸し出す雰囲気。
もちろん言うまでもなく、これらはその人が心の中で属している文化を100%代弁してはくれない。だが、周囲にその人の心がわからない以上、周囲はそれらの感覚できる情報に頼らざるをえない。
その結果、同じ文化にあるものまでも排除することになったり、結局違う文化を持つものがすり抜けるのを許してしまったりするので、実は根本解決にはならない。

多様性や平和共存は美しくない、でも

では、根本解決するためにはどうしたら良いのか?
結局のところ「異文化に出逢ってもそれを受け入れつつ、要望を伝えつつ、お互いが我慢できる範囲で共存できる世界を模索する。」ということしかないのだろうと思う。

では今回の場合は?
正直、件の女性はホステルを使うのは不快感ばかり増えるだろうから、今後はそれ以外のジャンルの宿泊施設を探すべきだと思う。「不快だと感じるので私は使わない」も立派な共存の在り方だと思う。(他人に強制するなら別)
一方のホステル側は、現状では棲み分けが機能していない以上こういうお客様が迷い込んでくる可能性は十分あるので、自分たちの宿の有り方を客観的な情報で出来るだけ事前に目につく形で発信していくべきだと思う。(言うは安くだけどね。異文化の人間への発信方法は異文化の人間でないとわからないものだから)。
そして双方、そのまま共存する状態。

「これは美しくない。なんだかもやもやする。間違いが何処かにあるような気がする。
自分の理想が100%正しいと主張できない状態は不愉快だ。」…と感じる人もいるかもしれない。
でも、多様性とか平和共存っていうのはそういうものなのだろうと思う。
ビオトープはただのこ汚い池にしか見えなかったりするが、綺麗な水の中に錦鯉しかいない状態の池よりも豊富で多様な生命を内包している。
もちろんすべての場所がビオトープになる必要はないしすべきとも思わない(それもまたスッキリした美しさを求める点で一緒だから)。
だけどせめて自分の心くらいは、自分の周りくらいは、多様性や平和共存を目指していきたいものだと思う。