自業自得

某アナウンサーの「暴飲暴食で果ての人工透析は自業自得」発言からの展開がなかなかに「自業自得」の典型パターンを踏んでいて非常に興味深い。

ところで「自業自得」ってなんだろう。

業とはその人が生まれ持ったもの、行いや思い、その結果などを総称したもので、自業自得とは、「己が持って生まれたもの、自分の行いや思い、その結果起きたこと、それらの影響は必ず自分が受け止めることになるよ」という、ごくごく当たり前の話を表す言葉だ。

だから、この意味合いにおいては「人工透析は自業自得」は間違いではない。

 

が、ここで気をつけなくてはならないのは、一般的に「自業自得」という言葉は「持って生まれたもの」と「その結果生じたもの」を抜かし、“「自分が行ったことや思ったこと」の結果だけを受け止めることになる”という意味で定着しているという点だ。

本来なら、親から地域から国から時代から受け継いだ業、他人の思った行った行為の影響としての業も考慮すべきなのに、これらの影響を想定してしまうと、話がとてもわかりづらくなるからなのだろうと思う。

例えば、人を人とも思わない経営者によるブラック企業が儲かるのだって自業自得だし、ナチス政権化のドイツで生まれたユダヤ人がそれゆえに収容所に入れられ虐殺されるのも自業自得だ…と、こういう文脈で使うと違和感を感じるくらい、「自業自得」は「自分が思い行った結果」くらいの意味で定着している。

 

もちろん、件のアナウンサーは本来の意味で自業自得という言葉を使ってはいない。だから、彼の用法は二重の意味で間違っている。

 

一つは、自業を「自分の思考や言説に限定するもの」と捉えて使うなら、自分の思考や言説の埒外のこと、生まれ持った業や他者の業の影響による業の部分の責任まで追わせるのは間違っていると言う点で。

もう一つは、本来の意味で言うなら、ありとあらゆることが自業自得であるので、自業自得を理由にある人は死ぬべきと言うのは、元々の自業を超える自得を求めてるという点で。

 

件のアナウンサーを巡るここのところの展開は、正に自分が行ったことと、それを元にした他人の業の影響によって引き起こされているわけで、たいへん興味深い。

結局、今回の事態を引き起こした大きな原因は「自分で行ったことがその人に返ってくる」と言う意味で「自業自得」を単純化して理解し、その浅い解釈で進めてしまった点に有る様に思う。

 

自業自得だからこそ、人は自業を見つめ自得を味わい学ぶ必要が有るのだ。学び考え行うことが必ずしも人を幸せにすることはない。

だからと言ってそれを止めるなら、当然その業も自得することになる。

結局のところ、善業とか悪業とかは狭い人間の了見無いでの話で、良かれ悪しかれ業は返ってくる。

そのことを意識しながら、それでもなお最善を尽くして生きるべきなんだと思うし、そうして受けた自業はきちんと自得すべきなんだろうと思う。

彼は自得できるのだろうか?