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終戦記念日にいつも思うこと

8月15日は日本の終戦記念日
日本の無条件降伏を求めるポツダム宣言を受諾することを伝えたのが8月14日で、翌日15日の正午に玉音放送が行われ国民に終戦が伝えられたので終戦記念日

なぜこの日だったのか?といつも思う。
「もしかしてお盆を意識していたのじゃないだろうか?」と。
思う割にきちんと調べたことはないのだけど。

ポツダム宣言→受諾の流れ

調べてみると、

ポツダム宣言自体は7月26日に発せられている。この時点ではまだ徹底抗戦の雰囲気が強かった。
広島に原爆が落とされたのは8月6日、8月9日には長崎に原爆投下&ソ連の参戦。
10日の閣議で「天皇制を維持するなら受諾」という方向になり先方に打診するが連合国側では話し合いの結果これを拒否、12日に日本側がそれを知る。

で、14日の御前会議で受諾が決定され…という流れなのがWikipediaに書かれている。

だからお盆とは全く関係なかったと言える。

お盆の日付

また、今でこそ全国的に8月15日をお盆とする傾向が強く、一部では旧暦にちなんで7月15日に行うところもあるけど、お盆は元々は旧暦の7月15日に行われるものだった。
ちなみに今年の場合旧暦の7月15日は8月17日、同じく昭和20年の場合、8月22日だった。

それが明治政府が太陽暦による新暦を導入するにあたり、

  • 旧暦の日付をそのまま使って「新暦の7月15日」に行う派
  • 「旧暦と新暦はおおよそ1か月ずれることが多い」ことから1か月後の「新暦の8月15日」に行う派
  • 旧来通りその年その年の「旧暦の7月15日」に行う派

に分かれた。
8月15日が比較的主流派になったのは戦後以降の話と言われているから、終戦時点では、それを理由に8月15日にしたとは考えにくい。

関係が逆だったら?

ただ、ここまでは「お盆が8月15日」→「終戦を8月15日に」という流れだと想定してきたが、逆だったらどうだろうか。

上記した様にお盆には3つのパターンがある。で、国として公式の日程が定められてはいない。
にもかかわらず、現代では比較的多くの方が新暦の8月15日をお盆と称している。
これは「終戦が8月15日だった」→「お盆も8月15日にしよう」という動きがあったからではないだろうか?

つまり、もともとはその地域その地域で今以上にお盆の日程についてはズレがあり三派が鼎立していたが、終戦の日が8月15日になったことで、終戦に関わる公的な行事がその前後に集中するようになり、それは同時に戦没者を弔う行事がその辺に集中することでもあり、お盆という「死者と生者の世界がつながる=死を思う」行事と「弔い」との類似性が、お盆の日程3派の中で「新暦の8月15日」派を増やす原動力になった可能性は無いだろうか。

これが事実なら、過去の各地のお盆の日程について調べれば、本来は旧暦7月15日にやっていた地域や新暦7月15日にやっていた地域が新暦8月15日をお盆とする派に変わったという事象が起きているはずだ。
各地域でのお盆の日程の変遷について、とか、巷間に流布するメディアでお盆の日程に関する記述がどう変化したかを調べていったらわかるのだろう。

が、そこまでする時間はない。

ここでは戯言を述べて終わりとする。