たぶんキモいおっさんは日本会議の世界に居場所はない

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この記事、眼から鱗だったがとても腑に落ちる。
私自身、宗教集団、思想集団、右派集団と捉えていた一方、一つ一つ見ると「天皇制を持ち上げながら今上天皇の言葉は批判する」とか「古き好き日本と言いながらそのイメージが近代の戦前と高度経済成長期の都合がイイトコどりのキメラ」だったり、なんだかモヤッとする違和感を持っていたのだけど、この記事の言葉ですっきりした。

この記事の視点で考えれば、私が日本会議に対し魅力を感じなかった理由がわかる。
私自身、「自分を含めたおっさんが力を持っている世界」自体に魅力を感じないからだ。
件の記事では日本会議とは「女子供は黙ってろな集団」と位置付けたが、「へなちょこどもも黙ってろ」という要素もあるように思う。

私はへなちょこだ。
おっさんたちが力を持っている世界、例えば男性が多い職場に行くと、とても息が詰まる。
理想を語り男を語りその世界のヒエラルキーを語り俺たちはすごいと語る。
そういった雰囲気はとても苦手で、でも苦手さを認識してしまうと、もうそこに私の居場所はない。
いやまあ、男女が入り交じる職場でも女性が多い職場でも居場所のなさ感は変わらないのだけど。

おっさんが力を持つ世界になったとしても、私はたぶん侮蔑されたり差別されたり排除されたりする側であるだろうという実感がある。
それこそ以前記事に書いた「金のないキモいおっさん」だ。

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日本会議の息がかかった人々が参院選を制し、おっさんたちの世界が実現しても、そこで力を持つのは「権力や金のあるおっさん」であり「元気が良いおっさん」であって、「金のないキモいおっさん」は相変わらず底辺のままだろう。
彼らの言う「古き好き美しい国 日本」に私の居場所はたぶんない。

あるとしたら「みんなが否定されることなく存在を許されている国 日本」だ。