読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

魔法使いの弟子

watto.hatenablog.com

この記事に

らくからちゃ(id:lacucaracha)さん「もう『非正規雇用』って言うのやめにしない?」記事への反論あるいは法律用語としては「非正規」ではなく「有期労働契約」だけどそう言い換えて何が

同意。言い換えで根本的に解決することはない。構造が違うものは言葉を変えても違う。変わるのは気分だけ。(その問題が気分に起因したものなら解決する場合もある)

2016/06/15 09:32

ブコメしたのだけど蛇足。

呼び名を変えることでは、多くの問題の根本解決はできない。件の記事の趣旨には同意。
その問題が人の「気分」によって引き起こされているものの場合は話が別だと思うと書いたのは、

例えば夫婦の不和の場面。
子どもがいる家庭で、お父さん、お母さんと呼び合っていた夫婦が離婚の危機に陥った時、夫が妻を、妻が夫を下の名前で呼ぶようにしたら解決したなんていう話がある。ソースは不明。
実話ではないかもしれないが、容易に想像できることでは有る。
つまりこの場合、それぞれがそれぞれを子育てをし家庭を維持する役割でしか見られていないと感じていた心の隙間こそが問題の根本であり、お互いに名前で呼び合う=相手の存在を相手そのものとして認めることが常態化したことで、心の隙間が埋められ解決したわけだ。

だがこの場合も、相手が自分を呼ぶ名前=相手の自分に対する考え方の発露と捉える仕組みが根っこに有り、それ自体が無くならない限り同じようなことは起こりえる。
本当の意味での根本解決にはなっていない。

恐ろしいのはむしろその表面的に解決した様に見える状態になったことを「本当に解決した」と思い込んでしまうことだ。
上記の場合で言うなら、奥さんを名前で呼ぶようになったが結局お母さんとしての行動ばかり求める言動を取っていた場合、夫がそれに対して疑問にも感じず反省もしていなかった場合、奥さんが感じるのはなんだろうか。
お母さんと呼んでいた頃以上に、徹底した個性の否定ではないだろうか。それはお母さんと呼ばれていた時以上の絶望を与えるのではないだろうか。


気分に支配される場面といえば、例えばヘイト問題などもそうだろう。悪い方の例だが。
例えば在日という言葉は本来は「日本に在る」というだけの話で差別の意味は含まれない。
だが、在日外国人(特に韓国人・朝鮮人)への略称として使われ、そうした人々への憎しみ嫌悪の表現としてその言葉が使われた時それは差別の言葉となり、今度はその言葉自体が人を傷つける言葉となる。

この場合、根っこにある差別意識、他者を差別したいと思う心のストレスやそういう人を生む社会構造自体を解決しなければ問題は無くならない。
仮に「在日」という言葉を「d8@」とか意味不明の言葉に呼び変えても何も解決しないのだ。

言葉の言い換えによる効果が最大限に発揮されるのは、言い換えた結果にそぐう構造がすでにあるのに視点の固着によってそれが見えない状態になっている時、その固着した視点を開放しその問題の解決した世界に導く時だ。
固着した視点を開放した先に問題の解決が見えるのではなく、問題を隠しより視界を歪めて固着させた世界を広げるような言葉の言い換えなら、それはむしろ有害だ。

私自身は、言葉を変えることに全く効果が無いとは言わない。
だがその効果は限定的で、構造そのものの改善に関しては全く効果を上げないものと考えている。
むしろ、「改善した」と周囲に錯覚させることで事態をかえって悪化させる可能性すらあると思う。
ポジティブな言葉を使えば世界もポジティブになるなんてのは、うろ覚えの呪文でなんでも出来ると過信した魔法使いの弟子の妄想みたいなものだ。
その人の前に本当にポジティブな世界があること、ないのならポジティブな世界に誘導すること、世界の理を見極めることこそが重要なのだ。