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「特別な人」という名の一登場人物に追い込まれ

昨日の結婚式、フラッシュモブのせいで最悪でした。質問というより愚痴です... - Yahoo!知恵袋

この記事に

昨日の結婚式、フラッシュモブのせいで最悪でした。質問というより愚痴です... - Yahoo!知恵袋

釣りっぽいけど、面白いのは「打ち合わせ段階で明確に断ったことでも受け入れるべき」という回答が圧倒的に多い点。あとフラッシュ・モブは良い事という暗黙の了解。同調圧力の例として分かりやすい。

2016/06/02 14:47

ブコメしたあと関連記事に上がっていた

kimotokundayo.hatenablog.com

この記事を読んで感じたのは、

【嫌い】私がフラッシュモブのことを気持ち悪いと思う理由 - キミログ

フラッシュ・モブは企画側からはみんな協力して対象を主役にする企画に見えるけど、対象側にとってはみんなの企画の1登場人物に過ぎなくなるというギャップを持っている。相手が「みんなで」が好きか要チェック。

2016/06/02 18:02

ということなのだけど、補足。

フラッシュ・モブは物語の強要という面がある

フラッシュ・モブ」で重要なのはサプライズ性よりも「みんなが一糸乱れずある表現を実現する」ことにある様に思う。
クォリティはともかく、そこにいる赤の他人と思われた人々が自分たちのためにある表現を行うという点。
その表現とは「みんなで対象を主役にする」と言うことで、フラッシュ・モブを件の記事にでているようなプロポーズや結婚式に使おうと考える側は、それに依って対象を特別な存在に出来ると考える。

だが、これはあくまで対象もまたそうしたことを望んでいる場合である。
対象が主役になりたいとは思っていても、その求める表現の質が違う場合には、それは価値とはならない。むしろ、望まぬ行為に無理矢理同調を迫る圧力となる。


例えば、高級布団販売などでよく行われる手に、サクラを含め沢山の人を集めておいて、ちっちゃなモノの無料プレゼントなどから初めて、参加者をイベントに引きずり込み、どんどんプレゼントや割引の率を高めていって、最後には高級布団の割引(と言っても実際は割引後でも定価よりも高い)まで行き着くことで購入させるというのがある。
他の人(そのイベントに誘ったサクラの友人とか)の反応や行動で、思わず知らずそちらに引き釣りこまれ、ターゲットにはどんどん当たりが多くなっていき気持ちが大きくなっていくのを利用して契約まで持ち込んでしまうのだ。
これ、見方を変えれば、ターゲットを「幸運な私」という物語の主役に据えることで自分たちの望む行動に追い込む手法であるということが出来る。

押し売りの啖呵売なんかもそのたぐいといえる。言葉巧みにある物語、ある状況に相手を追い込んでいってウンと言わざるを得なくするわけだ。

手段もまたメッセージの一部

件の記事に出て来るフラッシュ・モブをこうした詐欺と並べるのは大変失礼な話かもしれないが、同じような構造を持っていることを、企画側は理解しておくべきだ。

フラッシュ・モブは企画側からは沢山の人々の協力のもとで、対象(と自分)を主役にした物語を展開するサプライズイベントだが、それを望まぬ対象にとっては、自分を無理矢理ある自分の望まぬ物語の「特別な人」という名の一登場人物に追い込まれ特定の行動を要求される圧力以外の何物でもない。

実際、沢山の人の協力の下に組まれたフラッシュ・モブの結末で企画側が望まぬ行動に出るためには相当の精神力がいるだろう。みんなで作った同調圧力に一人で対抗するのだから。
自分たちがフラッシュ・モブを仕掛けることにより、相手をそういう状況に追い込む以上、それがきっかけとなって関係性が崩壊する可能性があることも覚悟すべきだろう。

(では、フラッシュ・モブは行うべきではないものなのかといえばそうでもなく、対象がそうしたこと、そのフラッシュ・モブで描かれる物語に憧れを持っている、望んでいることが確認できるなら、それはやるだけの価値があると思う。
“展開されるフラッシュ・モブ、その中でプロポーズされOKする自分、祝福してくれるみんな”
そんな物語の主役になりたい人に対しては仕掛ける意味は大いにあるだろう。
そして、たぶんそういう人は比較的多数はなんだろうと思う。

でも、多数派だからと言ってそれを望まない人に押し付けるのは、自分が「大事にする」「愛している」と告げた相手に対し「私は貴女の存在を無視します」と言ってるのと同じ。

マクルーハンの「メディアはメッセージ」じゃないが、「告白手段も告白メッセージの一部」ということなんだろうと思う。)