知らぬが花

gigazine.net

この記事に

女性がアダルトビデオに出演経験があるかどうかをSNSにアップした写真から「顔認識」で特定 - GIGAZINE

よく似た顔の他人が犯した罪のために個人データを全開される世の中の始まり。

2016/04/28 01:27

ブコメしたけど、他のブコメを読んでいて思ったのは、この情報過多の時代に快適に暮らすために本当に必要なのは、適度に情報を遮断することなのかもしれない。

例えば仕事、あるいは家庭のことで、私はネットやらデバイスやら結構使っているため、当然それを通して入ってくる情報を(ある程度は受け流しているけど)遮断する事は実質できない。
自分が発信する数十倍数百倍の情報を適宜処理していかなければ、今の生活は維持できない(気がする)。

で、これって別に今に始まったことじゃない様にも思う。

例えば「言わぬが花」という言葉。
これ情報弱者を揶揄する言葉として使われることが多いが、言われない=情報が欠けている状態を花と表現しているのは、その効用=知らないからこそそこをポジティブな情報や妄想で埋め合わせ、結果的に実質はマイナスな状態でも本人の意識の上ではプラスの状態をキープ出来ることの価値を、ある程度認めているからだと言えるのでは?

情報が飛び交い、ネガティブな情報に晒されることも多い時代だからこそ、実は知らないでいられることが、特に精神的な面では価値を持つ時代なのかもしれない。
もしパートナーが過去AV等に出ていたとしても、本人がそれを共有して欲しいと望むならともかく赤の他人から押し付けられる様にその情報を与えられるのは御免被る。そんなの知りたくもない。少なくとも私は。

もちろん、基本的には情報を集めきちんと処理し有用な情報を活かすことの方が実質的な面で価値は高いと思うけど、活かし切れない情報にまみれてあくせく焦って日々過ごすのは幸せと言えるだろうか?という話。

まあ、しょせん知恵の実をかじって失楽園した一族の末裔なのだから、原罪を繰り替えるしかないのかもしれないけど。