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人間のようなもの

これ読んで、不謹慎ながら乙武氏の奥さんの発言(とされる言葉)を思い出した。
犬を飼ったことがあるから大丈夫だと思った云々。
人をペット扱い、物扱いする発言だと物議を醸していたが、あれって、言うほど非難されるべき事でもないのかもしれないと思った。


障害者は物であるか、ペットであるか。否、人間である。

これはまあ絶対正しい回答なのだけど、大多数の人にとって、人間とは自分に近しい存在のことであって、それ以外の存在は「大きく分ければ人間と言えなくもないもの」ではないだろうか。

例えば、スポーツが出来て成績も良くて友達も多くいて公務員で…みたいな人は世の中にいる。
一方、中卒で一時期ヤンキーだったけど仲間と運送業初めて学歴無いけど会社を大きくしてたくさんの社員養っているみたいな人もいる。
どちらとも、私はまともに話が出来ない。
特に人生についての話、人間とは何かの話になると、全く駄目。
彼らの語る人間像はどこまでも彼ら自身をベースにしたとしか思えない人間像であることが多く、私が共感できる人間像を持ってる人は少ない。
もちろん私が必死で人間とは云々と語っても、初めの数秒で彼らの顔にははてなマークが点滅しはじめ、一分後には明らかに話をシャットアウトし始める。

私がコミュ障だからがもちろん一番大きいのだが、面白いのは彼ら同士が語る場合でも概ね人間像はすれ違うことだ。

だが彼らはその違いに目くじらを立てることなくやり過ごす。
自分が人間だと思ってるもの、それにそぐわない人間のようなものがこの世にはいて、それが当然だと思ってるからだ。

その枠には、いわゆるホモサピエンス全般の他、ペットも、愛用品も、すべて含まれる。
だから、ラブドールに人間以上の愛情も注げるし、ペットを家族として暮らす事も出来る。
いわゆる共感や同情。
幅広いグレーゾーン。

血を分けた家族だけど発達障害で意志や感情の疎通が難しい人と、気心知れた友人と、愛情を注ぐペットの中で人間はどれ?と聞いたら、模範解答は一番目と二番目だけど、本心は二番目と三番目と言う人も多いと思う。
少なくとも私の周りにはそれっぽい人が多い。

その本心を阻害するのはたぶん「人間は高尚な存在だ」という価値観なんだろうと思う。
高尚であるはずだから、例え障害があっても人間として扱われるべきだと。

だが一方で、高尚であらねばならないと考えるからこそ、言っても話が通じない奴は人間ではない、むしろ意志の疎通が出来てるように感じられるペットの方がよっぽど人間に近い…と感じてしまう。

それが模範解答と本心を分けるポイントなのではないだろうか。
この高尚というのが例えば「人間の尊厳」と言う奴でもある。

世の中は、模範解答を軸に仕組みを作ろうとする。でも、諸処の事情で、それを運用する上では限界が出てくる。
優先順位をつける必要がある。
自分自身や気心知れた友はともかく、その次は?



私自身は物扱いされるのは嫌いだ。
だけど、私を物扱いしようとする人の気持ちはわからないこともない。めんどうくさいはずだもの。
出来ないことわからないことを要求され、出来なければ罵倒と嘲笑と侮蔑が飛んでくる「人間」扱いと、ただ存在を許容され必要に応じて出来ることだけ要求される「物」扱いと、どっちがましだろうか。

模範解答は前者だろう。
でも、誰のため何のための模範解答だろう。
人間の尊厳という概念を守るためだ。
人間の尊厳という概念があるから、障害があっても人として見てもらえる。
だが人間の尊厳を守る現場においては、得てして、その場にいる人間の尊厳は無視される。
罵倒され嘲笑され侮蔑され、そうしてどこかの誰かの尊厳を守るために存在し続ける。
血を吐いて続けるマラソン、個人の収支決算で言うなら大赤字。
これって結局物扱いと一緒じゃないか?
否、みんな人間扱いと思ってるだけ質が悪いや。


ならいっそ、端からもっと大きくゆるいグレーゾーンを持つ「人間の様なもの」を含めた枠の中で、物扱いでもペット扱いでもお互いがお互いを必要とする関係性が構築できるなら、その方がよっぽど良いのではないだろうか?
(もちろん、お互いをかけがえのない人間として関係性を紡げるならそれに越したことはない。でも無意識に相手を「人間のようなもの」としてみてる人間が、「人間の尊厳を守る」事を目指すと、概ね「人間のようなもの」を守ると称して迫害を始めるので、それなら初めから正体みせろやと言う話。)

「人間らしくあれ」と人に強要する人が人間らしい優しさを持つことは古今希であり、そんな奇跡を相手に期待するくらいなら、期待などしない方がマシだ。


元記事からだいぶ離れてしまった。


元記事の作品、見に行く機会はたぶん無いけど、見たいなあ。
妊娠するラブドールは私にとって近しい「人間」かそれともかけ離れた「人間のようなもの」か。
そんな命題の答えに近づけるだろうから。