「ツールはなんだって良い」は悪いことじゃない

amanojerk.hatenablog.com

この記事読んで、

10代のギャルにはスマホはもうつまんないらしい - あまのじゃく日記

ちょっと違うけど、『最貧困女子』の中に出てくる、低収入でも、横のつながりでしのぐ地域密着方の人々を連想した。そういう人たちに取って、アプリの浮き沈みは大した意味が無いのだろうな。

2016/04/13 18:16

ブコメしたけど補足。

貧困層と言われる人々の中にも色々な人々がいて、その中で、「貧困だけど仲間と分かち合ってそれを楽しんでいる」系の人々が『最貧困女子』鈴木大介:著の中で紹介されていた。
横のつながり、地域や友情のつながりによって、低収入であっても必要な物を持ち寄ったり貸し合ったりしてこなしている人々。
で、こうした人々がマスコミなどで紹介される時は「貧困だって言うほど悪く無い」とか「貧困貧困というけど、やり方次第でなんとかなる」的なメッセージのもとで語られる事が多い。
私が貧困化した時には、絶対誰にも頼れるあてが無い状態になるだろうと思うので、そうしたメッセージが配信され市民権を得ている状況は迷惑以外の何物でもないし、そうした人々の話はなんというか仙境の住まう天女達の話くらい遠いお話としてしか感じられないのだが、でも、そういう人々は確かに確実に世の中にいる。
で、貧困層と言われる人々の中で、比較的存在感や実行力があるのもこの人達なのだ。

彼らは強い。
私みたいな、概念で判断して動いているような人間にはけしてできないレベルで少々のトラブルや困難をクリアしてしまう。

彼らが苦手なのは、逆に言えば私みたいに概念だとか仕組みだとかそういうことにこだわることだ。だからそういった事に関することでは彼らの力になることもある。
だけど、それはそれだけの話しなのだ。
彼らにとって概念だとか仕組みだとかはツールにすぎない。誰かに言ってそのツールで目的が果たせればそのツール自体はなんだって良いのだ。
そう、彼らは目的を果たせれば良い。
では彼らの目的とは何か?生きることだ。より良く楽しく仲間や家族と一緒に過ごし生きることだ(ろうと思う)。

(私は手段にこだわってしまう。そのツールの仕組や概念を理解したいと思ってしまう。
そして彼らが求める目的を理解できても、彼らと足並みを揃えて進むことはできない。
私は、彼らが息をするように出来ることを全身全霊かけなければできないし、私がホッと一息つける状況や心躍る状況は彼らにとって苦痛な居心地の悪い状況であって、決してその線は交差することがない。)


そんな感じ。

これはもちろん貧困は実はあんまり関係ない。
人間関係を息をするように必要としているかどうかの問題だとおもう。


元記事の件の女子高生は、そんな(私にとっての)仙境の天女たちと同じ匂いを感じる。
ブコメを見ると「何もかもつまらないと感じていること」に反応している向きが多いが、個人的には、「(アプリは)なんだっていい」のところこそ重要ではないかと感じている。

彼ら彼女らは、ツールがなにかなんてどうでもいい。それこそ

友だちと遊ぶ。とりあえず集まるだけ。喋ったりどこか行ったり。あとは家でテレビを観てる。

なのだ
ツールをどうするこうするよりも、それによって紡がれている関係の方が、つながっている友達との過ごす時間の方が、重要なのではないだ。

で、だ、こういう人たちが中核にいるコミュニティは強くなる。
彼らは互いに生きる時間をより良くするために人間関係をきちんと構築し維持する力を持つからだ。
こういう人々がいることは、けして悪いことではないと思う。


まあ、私自身は、そうしたつながりの輪に加わることはまあ無理なのだけど。


id:wattoさんからブコメを頂いたので追記。
まさに、様々なツールが生まれては消えて行っているのですが、こうした人にとってはそれもまた、どうでもよくて、それこそ、そうしたツールがなきゃないで何とかするし、有って使えれば使うし、位のスタンスの人って私の周りには結構いて、で、そういう人にとっては、友達とのやりとりがTwitterFacebookかSnapChatかはどうでも良いようなのです。私には信じられないことなのですが。

様々なツールの歴史、それぞれに反応する。
それとは違う感覚の持ち主が(少なくとと私の周りには)かなりいて、その人たちには、アプリが何かはどうでもよいのは当たり前だろう…と言う思いがはじめにあって書きました。