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個人の意志と労働環境

reki.hatenablog.com

この記事面白くて、

アパルトヘイトはなぜ始まったのか - 歴ログ -世界史専門ブログ-

良記事。自由・独立・平等などは良いものとされてるけど、その時点での不自由隷属不平等へのケア抜きで提示される場合は百害あって一利なしの典型。/ラントの反乱は知らなかった。分断は現状維持に不可欠。

2016/03/23 10:31

ブコメしたのだけど、他のブコメの中に江戸時代の身分制と対比する物があったので連想したことを書く。

そのブコメでは、江戸時代の身分制を「労働環境を整えるためのもの」と捉えていて非常に興味深い。
確かに職業を固定すること=労働者の流動性を止めることは、ある職業の人とその一族が継続してその職につき続けることを保証することにもなるわけで、労働環境を整えると言えなくもない。
そういう意味で言えば、インドのカースト制などはその究極と言える。乞食を含め、他のカーストのものがそのカーストの仕事を奪ってはいけないとされていたわけだから、失業率0%だって実現できる。
この見方はなかった。

だが、統治者の側にその考えがあったかどうかはちょっと疑問ではある。
江戸時代の身分制は基本的には分断統治の手法の一つだったと思う。
当時の武家は農民から集めた年貢米が主な収入だったので、農民がいなくなれば収入が大幅に減ることになる。
だから領地から農民が逃げ出すことを禁じたし、街に逃げてきた農民に対しては寛政の改革の帰農令や天保の改革の人返し令等を出して農地に追い返したりもした。
確かに労働環境整備かもしれないが、あくまで武家・為政者にとって都合の良い労働環境を整備していたわけで、件の労働に従事するものの意志や都合を無視している点ではイギリスのやり方とどっこいどっこいだったと思う。

とまれ。

労働環境の固定は安定に繋がるが個人は無視される、労働環境の流動化は個人の意志の尊重に繋がりやすいが全体としては偏りが生まれ不安定になりやすい。(もちろん個人が必ず尊重されるという保証はない)
個人の意志を尊重しつつ全体として安定した労働環境が実現するような労働環境の整備は、どうしたら実現できるのだろう。