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効率化は愚かで貪欲で無知で傲慢で感情的な人間が生きるためのもの

gendai.ismedia.jp

この記事に対し

日本軍に漂っていた「狂気」の正体 ~悪魔のエリート参謀・辻政信が地獄に引きずり込んだ  | わき道をゆく~魚住昭の誌上デモ | 現代ビジネス [講談社]

特定個人を狂人と考えて思考停止するのは無益。陸軍病とはなにかを書いて欲しかった。軍事は効率を考えれば残虐になる。その果てがホロコーストでありテロ。職場の過度の効率化がブラックへの第一歩なのと同じ。

2015/12/14 10:46

ブコメしたのだが補足。

ブラック企業テロリズムホロコーストと共通する。
人間性無視と効率重視だ。

ブラック企業は、会社の従業員の人権を無視して、会社の利益を追求する。
テロリズムは、被害を受ける人の人権を無視して、自分達の攻撃行為による恐怖を最大化することを目指す。
ホロコーストは、殺される人の人権を無視して、自分達の敵をより効率良く処理することを目指す。

どれも効率化が根底にある。

そして通常、効率化は知性の賜物のように考えられている。
トレーニングを行うと、システム上の問題点やその解決法などを見つけることは、割と出来るようになる。
しかし、それらの改善案は、実行されないことも多い。
そこに人が介在するからだ。
効率化を邪魔するのは概ね人間だ。

愚かで貪欲で無知で傲慢で感情的な人間が効率化を邪魔する。邪魔しなければいいのに。
そこでそいつを排除する。ないし教育する。
そうして反発する邪魔する人間を減らし、その過程で教育に成功した者は効率化を推進する道具とする。
そうしてブラック企業は誕生し、テロリズムが横行し、ホロコーストが行われる。

ポル・ポト派の大虐殺なんかがエリートたちによって進められたのもこの仕組みだ。
物が見える、効率化の方法がわかる。だからそれを進めようとする、進める際のじゃまになる人が鬱陶しくなる。
彼らは賢かったのに虐殺をしたのではなく、賢かったから虐殺にいたったのだ。
愚劣にチマチマ努力しようとしていたら、たぶん大虐殺は起きなかった。
その非効率を認められなかったから彼らは失敗した。

外部の人間はそれを批判する。でもそれは当事者には届きにくい、彼らは効率化に取り憑かれているのだ。
少しでも早く、安く、多く。効率化は人の脳を麻痺させる。それは正解だと感じさせる。
入り組んだ問題、それをズバッと解決する手法。それが快感すら呼び起こす。
人を酷使し傷めつけ殺すことの人間としての苦痛。それを麻痺させることさえ出来れば、効率化の呪文は人を虜にする。

効率化を極めればその先にあるのは人間性無視の世界だ。
じゃあ、どうすればいいのか?


人間性を認めるということは、遅くても、手間や金がかかっても、出来上がりが少なくても、それをする人そのものを受け入れることだと思う。
前の立川談志は「落語は人間の業の全肯定」と言ったけど、人間性を認めるってのも畢竟それだ。効率化とは本来バッティングするものなのだ。
貴方の隣にいる愚かで貪欲で無知で傲慢で感情的な人間を同じ人間として受け入れるっていうことだ。
(そしてその中には当然自分も含まれるのだ大体の場合)

もちろんそればっかりになれば、社会は成り立たない。少なくとも今のレベルでは成り立たない。
だからバランスを取ることが必要になる。
どこまで効率を求めるのか、どこまで人間性を認めるのか。


私個人は、効率化を進めると絶対処理されてしまう側の人間だと自覚している。
だから、効率化の話をする時はついそれを進める現場の人の存在に気が行ってしまう。

会社で経営者が、仕事の改善について立派な話をしている、話の上では効率がぐんと良くなりそうだけど、それをこなせる人がいなければ出来ないことに気がつかない。
それを指摘すると、効率化に取り憑かれた経営者は「なら今の人間を止めさせてこなせる人間を入れよう」と考える。
でもそういう人間は他のところでも重用されている。入ってくるのはたぶん効率化についていけない様な人ばかりだ。
それを指摘しても経営者は無視する。だって効率化は会社の正義だ。
そうして失敗する。効率化は進まず、むしろ様々な問題が噴出してデメリットだらけになる。その解決に頭を悩ませ、経営者はまた現実離れした効率化の手法を考えだす…。の繰り返し。

効率化は、人がこの世でより良く生きていくために編み出した知恵の現れだ。
だがそれは手元が見えていればの話で、手元にあるものが見えず、それによってどこまで出来るかの見積もりもできなければ、それは自分を損なう武器となる。
なんのための効率化か、誰のための効率化か。人のためではないのか。愚かで貪欲で無知で傲慢で感情的な人間がそれでもより良く生きるための効率化ではないのか。それがその人間を殺すなら、一体その成果は誰が享受するのだ。

そして、自分の利益のために他人を殺すことは、たとえ問題解決に手法として正解だとしても、悪だ。