正論の持つ暗黒面

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この記事、読んでなんとも違和感を感じたため記す。

違和感、と言うか、貧乏人の僻みと言うべきか。

私が同じ立場だったら、とてもこんなこと(子育てに時間を取られるからその分時給を下げてもらう)は考えられない。
そこまで余裕をこいていられるほどの給与はもらってない。同僚の冷たい視線を受けることになっても迷惑をかけることになっても「子育てで仕事の効率を落としているからその分給与を下げてくれ」とは言えない。
これはまあ、件のブログ主と私では、就業環境や経済状況がまるで違うからだろうから、言い募るほど惨めになる一方の話ではある。

この記事に対し

子連れ出勤している人の時給を下げましょう、というお話 - 1歳からの子連れ出勤

気持ちはわかるけど、経営者側の都合の良い様に利用されやすい内容なのが痛い。契約上での子連れでなくなった時の条件や時給下がったことでの権利は、同条件でより給与が低く苦しんでる人達を守るために明示すべき。

2015/07/27 23:33

ブコメしたのだけど、これは上記の彼我の待遇や状況の差から、ブログ主はおそらく感じていない不安を表明しておきたかったのだ。

重ねて書くが、このブログ主は、勤める会社との間で自分の働き方について話し合った結果、双方が納得行くラインとして「時給を下げる」という結論に至ったのだろうし、それに満足されているようだからそのことはなにも問題ないし、そのことをブログ記事として書くのも構わない。

ただ、もし私が経営者なら、件の記事を頭の隅に置いておく。
で、子供のいる社員が子育てに関連することで勤務時間内に私用を行うような事があった時に、他の者に迷惑をかけていること、彼自信の労働効率も悪くなっていることなどを責めた上で、「他社の事例だけどね…」として件の記事の話をするだろう。
もちろん、問答無用で給与を下げるために。
そういう場面じゃなくても、社員と話す様な機会、他の経営者と話すような機会に話しまくり、SNSではシェアしまくるだろう。

なんせ、自ら自分の仕事の効率の悪さを自覚し、給与を下げてくれとお願いしてきた上に、その状況を喜んでいる人がいるのだ。しかも1人ではない、何人かいるのだ。
その会社が子育て支援になにをしているかは知らないし、知る必要もない。
そうした人が特例中の特例であることもこの際関係ない。

「自分の子育てに、仕事に誇りを持つなら、誰憚ること無く、正々堂々それに取り組める様、この人のように“時給下げて下さい”くらい言える気概を持つべきではありませんか?」
とかなんとか。
我ながら酷い想像だと思う。
でも、ブログ主の意志とは無関係に、ロクでもない経営者がこういうことを言う時の大義名分になり得る記事だと感じるのだ。
そして、ロクでもない経営者が刃を振るう時に、それを躱せる人ばかりではなく、むしろそうした経営者の元には、そうした刃を躱せない人間が集まる場合が多い。

書かれていることは正論だ。
しかし正論が常に人々の生活を豊かにするとは限らない。
むしろ、権力を持つ人間が、苦境にある人間をより一層苦境に追いやるために悪用されることが多いのだ。

私が件の記事を読んで感じた違和感とは、そういう、正論の持つ暗黒面を考えずに正論が語られていることへの違和感なのだろうと思う。



ブコメが付いていたので追伸

Ohgyoku そもそも元エントリが正論とは思わなかったのでブコメに対してかと思った。ほぼ同意だけど、自身が経営者ならエビルになる前提なのかー。

これは書いてて自分でもそう思った。
私の中に相当ブラックでエビルな人間がいる。
日頃ブコメやこのブログで自由とか人権とか社会保障とかについて書くことが多いのは、自分の中のブラックでエビルな自分の感覚を通してものを見てるからなんだろうと思う。
効率の良い(人の気持ちを考えない)やり方が見える。
見えること=やるではないけれど、見えるということは、やりかねないということだ。
なら、自分はそんなことをしない人格者だと自分をごまかすより、自覚的であるべきと思う。

とはいえ、我ながら嫌になる。