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追い詰められた人間になぜ「おっぱいもむ?」が効くと思うのか

過労死したサラリーマンの妻に対するモヤモヤ

自殺してしまうタイプの人には「働きすぎ」、「そんな会社やめようよ」、「私が代わりに働く」等がより一層追いつめる効果を持つ。「大丈夫?おっぱいもむ?」の方がブレーキ効果は高いと思う。

2015/06/18 06:56

「大丈夫?おっぱいもむ?」は少し前に流行ったネタで、元ネタを探したけど見当たらなかった。


私の場合、もしブコメの元記事が想定するような状況になった時に「無理しなくていいのよ」的な言葉をかけられたら、多分より一層自分を追い詰めてしまうだろうと思う。

それは「自分は会社の業績を上げ、家族を養うことが出来る人間であることを証明したい」というプライドというか欲求が根底にあるからで、この場合の責任感とは、その欲求(承認欲求だろうか)と一体の物だとおもう。

理想的な責任ある行動となぜそれが出来ないか

この場合、本来の意味での「責任を持つ」とは、


自分が追い詰められた結果入院してしまう、自殺してしまうなどの可能性を考慮して、

上司に対しその危機を回避するための判断を求める、上司に危機回避への意識や判断能力が無いなら、より上の立場の人間や監督官庁などに掛け合う、あるいは転職を検討する、

家族に対して現在自分が置かれている状況を説明した上、現状で仕事を続けること、転職することなどそれぞれの場合のメリット・デメリットを十分説明し、それにより家計に問題が発生する場合その解決先を話し合い、

結果的に、入院・自殺を回避しつつ、会社や家族が被る被害を最小限に減らしつつ、継続可能な仕事-家庭環境を模索すること。



ではないかと思うのだが、これを行うためには「自分の限界を認める」ことと、会社や家族とのコミュニケーション手段が正常に機能していることが絶対的に必要になってくる。

前者は上の承認欲求とバッティングするものである。

後者はコミュ障にはキツイがそれ以上に、こうしたネガティブな情報はその情報自体が相手に過剰反応を引き起こさせる場合が多いことに留意する必要がある。

例えば、上記の本来的な責任のとり方(=問題点を明確にし負担を分散させ致命的な事態を回避する)を取る場合、当然ながら本人の負担が周囲に分散されることになる。ならないで回避することはよほど恵まれた状態でなければ難しい。
この「分散される負担」、他人から降り掛かってくる負担に対して、敏感に条件反射的に忌避反応を起こす人は割と多い。
また、「その負担をある程度自分が引き受けなければ最悪の事態を招く」と頭で理解した後でも感情は別物で、これまでなかった負担を押し付けた人間に対する悪感情を隠さない人も多い。

本人のことを心配もするし最悪の事態は避けるべきとわかっている人、心配も理解もしている人でもネガティブな反応はなかなか押さえ込めないものだ。

こうしたネガティブな情報に対するネガティブな反応を受け止めつつ、なだめつつ、コミュニケーションを取ることが、渦中ん本人に求められる。
これが、追い詰められた状態の人間にはキツイ。


承認欲求が強い人間は、自己イメージが低い場合が多い。
自己イメージが低い人間は自分の命を価値のあるものと見ることが出来ない。
自分の命に価値がないと見るから他人からのネガティブな反応にも耐えることが出来ない。

本人の感情で言うなら
「会社や家族に迷惑をかけるくらいなら全部自分で引き受けて死ぬまで頑張った方が良い」
となる。

こうした傾向のある人間は、他人に依存しようとする人間・企業と相性が良い。
もちろん本人破滅の方向でだけど。

それでも追い詰めら得た状態から救うためには


そうした渦中にいる人間を救うにはどうしたらいいか?

ブコメで「おっぱい揉む?」を持ちだしたが、別にそれが絶対の正解だと言うわけではない。

要は、「本人が全てと思っている世界とは全く違う角度からの働きかけがあったら解決に繋がるのでは?」ということだ。

上記のような傾向がある人間は、追い詰められた状態の時視野狭窄に陥っている。
そこから脱するには、全然別の視点で生活を見つめなおすことが必要なのだ。
追い詰められる人間を救えるのは、「追い詰められた状況」は本人の頭のなかだけのものだと気づくきっかけなのだと思う。それも、その状況の関係者からそうした視点を与えられることは、ガス抜き効果が高いと思うのだ。

元記事で語られている本人への働きかけは、その後の話だと思う。