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オリンピックは国威発揚のイベントか

日本での常識的な答えは「Yes」だと思う。
今回のオリンピックについても、推進している人々の頭の中には、かつての東京オリンピックとその前後の戦後復興、所得倍増のイメージがあるのでは?と感じている。
だからこそ非現実的に美しい競技場が必要だった。
でも、現実にそれを実現する金も力も無かった。
今後、推進してきた人々は、現実を見なかったことの責任に触れずに、どうやって夢の落とし前を付けるかを必死に模索していくのだろう。


「夢を追い求めるのは素晴らしいことだ。夢は願っていればかならず叶う。」

というテーゼは希望であって真理ではない。
だが、そうしたテーゼは耳に心地よく、心浮き立つ。
そのため、その言葉に酔い、囚われる人は多い。
囚われると、それは真理のように見えてくる。世界を見渡せばそれを裏付けてくれエピソードは事欠かない。

そして、そうした夢を実現したエピソードと、自分の現状を無批判に重ね合わせ、現実の中にある都合の悪い部分に目をつぶってしまう。


そしてそのギャップがいつか襲いかかってくる。

夢は裏切らないという。
否、裏切らないのは現実だ。
現実は行ったこと行わなかったことによって変化する。その有為無為を裏切ること無く変化する。


日本のオリンピック誘致は、それ自体が誘致=国威発揚=繁栄という一幕の夢だったのだろう。
心地よい夢を見て薄ぼんやりと目覚めた朝のような虚無感の果てに、現実としてのオリンピックへの道が始まる。