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棄権は信任票と同じ

本当に賛成派は勝てなかったのは70歳代のせいなのか?

住民投票が終わって70歳以上の年代は反対派が過半数を占め、その他の世代では賛成派が割と多かったのに、結果的に反対派が過半数だったということで話題になっているけど、大阪市の現在の年代別人口を元に、投票率を全世代60%とした上で各記事で書かれている賛成派の率をかけると、ざっくり11万人近い差で賛成派が圧勝したはずだ。

大阪市の人口の内20歳以上は約225万人(年齢不詳除く)。投票率60%なら約135万票。
年代毎に賛成派の数を出口調査の割合で出すと、
20代 61% 約118千人
30代 65% 約147千人
40代 59% 約144千人
50代 54% 約98千人
60代 52% 約109千人
70代以上 39% 約112千人
ここまでで約728千人 53.9%、反対派622千人に対し約106千人上。

賛成派の比率はこの記事からwww.asahi.com
元にした大阪市の人口は
大阪市市政 年齢別推計人口


こうした推計も可能なのに実際には反対派多数となったのは、恐らく若い世代が棄権したからと言って良いと思う。

棄権は信任票と同じ

仮に上記の賛成反対の比率が今回棄権した人でも共通だとした場合、例えば20代が一名棄権することは棄権しなかった場合に比べて、賛成派0.6人分、反対派0.4人分を失うことであり、同じく70代の場合賛成派0.4人分、反対派0.6人分を失うことになる。(実際は票を割ることは出来ないが確率として)
20代が棄権するほど賛成派の得票は減少しやすく70代では逆になる。
結果的に70代は投票し、若者層は棄権する人が多かったから負けたということになるのだと思う。


でもじゃあ、なぜ棄権したのか?
大阪都構想は若者が望むものだった」という様な方向の記事が多く見受けられるけど、本当に「若者たちが望むもの」だったとしたら、若者の投票率はもっと上がっていたのではないか?
だって実現するためには賛成票が必要なのは明らかなのだから。

棄権するということは「全て勝った方にお任せします」という信任票と同じだ。
少なくとも結果から言えば、棄権者は消極的反対派にカウントされても仕方ない。
それを加味したら上の記事の賛成反対比率はだいぶ様相が違ってくるだろう。

明確に意思表示した人同士で比べたら世代によって差があったのは事実。
だからと言って明確な意思表示を拒否した人を引っ張り出して、その人達も意思表示をした人々と同じ考えだったと考えるのは間違いだ。

棄権する人間は、棄権することで「こんな不毛で理不尽な選択を求められること自体を拒否する」ことを意思表示している場合が多いように思う。少なくとも若い時の私はそうだった。
でも仕組み上、棄権することは消極的賛成&消極的反対であり、勝った方に白紙委任状を出したようなものであり、上のような本人の思いは全く反映されない。投票の際に反映されるのは有効票とされる投票だけだ。

だから投票によって選択を求められる時には、棄権せず明確に意思表示をすべきなのだ。
用意された選択肢が自分から見てベストともベターとも思えなくても、せめてワーストを避けるために選択すべきなのだ。
棄権することは民主主義が想定する「民」であることを自ら放棄することを意味するのだから。

高齢者一人勝ちの世界ってのは幻想かも

とは言え、逆説的ではあるが上記の試算をしてみて、「今後の社会では高齢者が圧倒的有利で若者の意思は全く反映されない」というのは思い込みで、実は争点の整理(出来れば二項対立くらい)と投票率の上昇(世代問わず60%位)があれば、その状態は覆せる可能性があることがわかったのは、個人的にはとても興味深かった。

若者が棄権することで高齢者に判断を委ねてしまっている状態となっているだけで、投票率が上がればそこまで単純な状態にはならない、少なくとも伯仲するくらいには持っていけるのだと言う点は大変面白い。