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ケガレは祓うもの

www.huffingtonpost.jp

この記事をシェアした記事がFacebookに流れてきたのだがコメントをみてずっこけた。

日本人に生まれて良かった。
こういう ↓ 感覚は、全てを受け入れようとする日本人ならではだと思います。
日本が嫌いな(日本)人達は、お好きな所にとっとと去って下さい。

「全てを受け入れようとする日本人」を称揚しておいて、自分自身は「日本人に生まれ」ながら「日本が嫌いな(日本)人達」を排除している。
よくこの短文でこれだけ矛盾に満ちた言葉を展開できるものだ。
こうした展開が可能なのは、件の発言主がこの展開を矛盾していないと考えているからだと思われる。

日本人は全てを受け入れてきた?

日本の歴史を紐解くと、エビス信仰に象徴される、漂流してきたものを神や神の恵みとして考える信仰が存在するし、その時代その時代の外つ国の技術や思想や知識を採り入れて自分たちのものにしたり、「和を以て貴しとなす」に象徴される戦いより話し合いを重視する態度などが歴史の流れに影響を与えているのがよく分かる。
また、件の鳥獣戯画や後代の百鬼夜行図の様に、生物はもちろん無生物に至るまで神というか魂を持つものとして捉える視点は独特なものではあるし、そうした物の見方・考え方は良いものだと思う。

思うのだが、だからと言って日本人は「全てを受け入れてきた」わけではない。
古来の日本人が受け入れなかったものは「ケガレ」だ。

「ケガレ」の感覚とは、よく言われるのは、誰かが使ったコップを使うのは良くないと感じたり、誰かが箸を付けたものはその人のものと考えたり、洗ってあっても人が使った下着をつけるのに抵抗を感じたりといった「物理的な汚れや腐敗がなくても触れたり時間が経ったものにそれが存在すると感じる感覚」のことと言えるだろうか。

「ケガレ」の概念は、細菌やウィルスの存在がわからなかった古代において、生命を存続させるための経験則から生まれたのだと思う。
「水で洗い流す」というイメージと不可分なのは汗がべたつく温帯性で湿潤な気候や水がふんだんにあったことが大きいだろうか。
やがてこれが、物理的な汚れや腐敗などから精神的なものに拡大されていったのだと思う。

ケガレたものは洗い流し、水に流し、身を清める。
洗い流されたケガレは川の神海の神によって清められて海の底深くに封じ込められる。
ケガレとの共存だけはしてこなかった。

後、この「ケガレ」は精神的なものであり、当初の感覚から対象が拡大されていき、その人の価値観と直結して様々なものがケガレとして見られるようになった。
彼らが「ケガレた」と考えたものとは共存はしないし、その存在を否定したり排除したりしようとすることは、積極的に肯定される。

例えば自衛隊だ。
武力放棄をうたう憲法を持ちながら、対外的な防衛の必要性から登場した自衛隊は、「平和憲法を絶対」と考える人からしたらケガレであり存在してはならないものと感じられているだろう。
あるいは在日韓国人
日本を過度に称揚する様な人からすれば彼らはケガレた存在であり、自分たちとは明確に区別されるべきと考え、だからヘイトスピーチや迫害行為も行う。

そしてどちらの人もある時点では「日本は和を尊ぶ国であり全てを受け容れてきた」と宣う。
ケガレだけはワの対象外だから、彼らの中では自分の言動は矛盾していないのだ。

それの何が問題なの?

ケガレを巡る話の最大の問題は「ケガレについて語ること考えること自体でケガレル」という感覚があることだ。
それはそこにある、ある以上はそれをどう受け容れるかを考える必要があるのに、その存在を考えること自体がケガレであるから、彼らはそれについて考えることはしない。
考えること無く、それ完膚なきまでの祓い、打ちのめし、調伏しようとする。
ケガレの感覚で物事を見る限り、本当の意味でその問題を受け入れ考えることが出来なくなる。
だから、そうした感覚を取り去る必要があると私は思う。

日本は様々なものを受け入れ、それを取込み磨き深め、おのが文化の一部にそれを組み込んできたことは確かだと思う。
しかし、その最前線では入って来たものを「ケガレ」と見て排除しようとする人々と、「ワの一部」として組み込もうとする人々のせめぎ合いがあって、後者が勝った場合のみそれが成功したのだと考える。

本当に「全てを受け入れようとする日本」を良しとし、より一層深めたいと願うなら、自分がわからぬもの異質なもの憎むもの怖いもの醜いもの臭いもの自分を憎むものに対して感じる「ケガレ」の意識を捨て、自分自身がまずそれらを直視し受け容れることを始めるべきではないか?

それこそが「全てを受け入れようとする日本」の先人たちに倣うことではないだろうか。


(とは言え、「ケガレ」は、その人の生理的なレベルの感覚とつながっていたりして、それを認識するのは容易ではないのは確か。)