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「わかりやすい」は欠落が必ずある

この図に対し、

田中一郎 脱破綻論に1票さんはTwitterを使っています: "「国は無駄遣いしていて、税金は何処かへ消えて無くなる」などと考えている人へ、お金はいったい何処へ消えたのか 税金や国債で借

この図だと政府は国民が払った税金や購入した国債を全て有意義に私を含む国民全員に等しく還元しているが如き印象をあたえるけど実際は偏りや無駄が多い。無駄遣い問題はそちらの話でポイントがずれてる。

2015/04/27 09:47

ブコメしたのだが、補足。

件のつぶやきの図は、

「国は無駄遣いしていて、税金は何処かへ消えて無くなる」

と考えている人間に対する記事主なりの回答なわけだが、何の事はないこれは民主主義の構造を図にしただけの話なので、大枠では間違っていない。
間違っていないが件の考えに対する答えにはなっていない。

この図では政府が行った支出は全て「国民」と書かれた箱に還元される。
当然だ、政府は国民の権限を委譲されている立場なのだからそこで行われたことは全て国民に返ってくる。消えて無くなって見えても、実際には国民の何処かに還元されたり、国民のために海外に投資されたりしているということは言える。

あくまで建前は、だ。

だが問題なのは、それが「無駄遣いかそうでないか」だ。この図はそれに対しては何も答えを提示していない。

無駄遣いとそうでないもの

無駄遣いとは何かといえば、畢竟コスト対効果が低い投資ということになるだろうか。
支払った投資に対し十分なリターンがあればそれを無駄遣いと呼ぶ人はいない。
また、投資とリターンにはジャンルや事象によりそれぞれ異なったタイムスパンがあるから、研究開発など、投資に対するリターンが数年後数十年後に出てくるようなものの場合、その投資は、一時的に無駄遣いに見える場合も当然出てくる。
だがまあ、いずれにせよ投資に対する効果が十分なら問題ない。

上の“国は無駄遣いしていて”には、税金や国債で集めた金を使った国の投資は十分な効果を得ていないという感覚から発せられている。
では十分な効果とはどんな効果か?
それこそ個別事象に入ることではあるだろうが、端的に言えば

“「私」および「私の家族」・「私の友人知人達」・「私が感情移入する人々」の生活がより快適で健康的で文化的で自由なものにするためにプラスとなる効果”

と言えるだろうか。漠然とした“国民が”じゃないのだ。

更に言えばこの「プラスとなる効果」は「私の価値観から見てプラスと判断しうる効果」であり、本人的には合理的論理的な帰結かも知れないが特定個人の思考と感情と価値観を通しての判断になる。


国民と称するどこかの誰かに還元され、その人がより豊かになり、数字上「国民」の所得が増えたところで自分の懐から出て行く税金や保険料や公共料金が増えればそれはマイナスだし、逆もまたしかりだろう。
(これは致死率なんかの話とも通じるか。致死率1%でも自分が助からないなら自分にとっては致死率100%なのだ。)

だからと言って、人口数人の集落でもなければ、全ての国民が政府の全ての投資によって等しくメリットを得る…なんてことはあり得ないわけで、偏りがあるのは仕方ない。
仕方ないが、それにしたって無駄が多いんじゃないの?もう少し、必要な人にこそ必要な援助が行くような投資はできないの?…という思いが上の言葉になっているのだと思うがどうか。

じゃあどんな図にすればその辺を表現できたのか

“国民と書いてある枠は実際には約1億2千万個の個人と約576万個の法人の枠の集合体なのだが、それぞれから国に対し税金や預貯金を通じた国債購入代金が支払われ、政府を通じて様々な形で投資が行われるが、それは当然偏りがあったり段階を経ることで少しづつ奪われ、最終的に特定個人の国民に対してはほんの一部が還元されている”という図になるだろうか。

肝心なのは公平性を感じられる形で還元されていない点であり、そこを図式化すべきだろう。

でもまあ、考えるだけで面倒だし、絶対面倒くさい筋から突っ込まれだろうし、わかりにくくなるだろうな。説明書いても読まない人は多いだろうし。
それを避け、快刀乱麻を断つ様に説明したくてあの図にした気持ちは分からないではない。

と言うかそもそも想定するターゲットを変えたら良かったのでは?

ここまでグダグダ書いたのは「無駄遣いを指摘している人間に“無駄でも還元してるでしょ”はないんじゃね?」という想いからなのだが、「“税金が消えた”とか言ってる人」だけをターゲットにするならあの図でも問題ないかもと思った。
でもこれはこれで漠然としててインパクト弱いわな。