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行動したら観察者ではない

eroge-pc.hatenablog.jp

この記事読んで、

全然分からないんだけどどういうことなの。やはり俺の青春ラブコメはまちがっている続2話 - 猫箱ただひとつ

八幡はあらゆる関係性に絶望しており自らはそこにいない物と考える癖があるので、これやっても周りにダメージはないと考えるが、周りは彼を含めた関係性を感じているためダメージを受ける。これよくやってしまう。

2015/04/12 17:28

ブコメしたのだが、これは、この記事冒頭で分からないとしている部分

八幡はなんなのあれなの、「ほんものともだち」幻想みたいなものを抱いているの? 友達は友達を絶対的に助けなくちゃいけないとか友達が間違っているのならば正さなくてはいけないとか「ともだち」という関係性には強度の高い絆がなきゃいけないとか、そういうの御伽の住人なわけなのどういうことなの。

に対する回答のつもりだった。
たぶん記事主は「上っ面」というキーワードに対し「ほんもの」を予め想定した言葉だと感じたのだと思うが、たぶん八幡は「“ほんもの”は存在しないからあらゆる人間関係は上っ面のものであり、その範囲において取り扱うべきものだ。」と考えているのだと思うのだ。
八幡自身は、自分自身はそれに属することを拒否し離れているので人間関係から生じるいろいろな面倒事から自由になっている存在だと考える癖がある。
これはたぶん癖の範疇だと思う。
「自分を世界は無視しているから、自分が主張しない限り、自分は世界に存在しない」という考えは論理的ではない。
自分の欠けた世界を見つめ、自分の中の自分と対話するぼっちならではの感覚で、その分、自分が他人から見られることが盲点となる。

これを軽く表現していたのは1シリーズの13話の体育祭の時。
包帯で白組に偽装し完全に無視されていると思っていた八幡の前に葉山が立ち塞がった時、葉山は自分が君を気にしないワケがないだろうというようなことを言っている。このあと戦いものの流れでサラッと流されたが、構造的には今回と一緒だ。
八幡は自分が他人の関係性、今回で言えば葉山グループには属さないから自分がとった行動が彼らに影響をあたえるわけがないと考えるが、当事者たちからすれば八幡は十分その場のメンバーであり、葉山グループの現状維持のために汚れ役をやらせてしまったというしこりが、葉山や由比ガ浜(おそらく葉山グループの全員の中に)残ってしまったのだ。

これはまあ観察者効果と言えなくもない。
ブログ主はエントロピーで同じことを説明しようとしているようだ。

この上っ面を守る行為に対し、雪乃下は批判する。
ブログ主の書く“「ほんものともだち」幻想”を持っているとしたら実は雪乃下であり、彼女はそれを構築するか破壊するか、少なくとも上っ面の解決を最も下策と考えている。だから「そういうやり方は嫌い」につながったのだろう。

ともあれ、今後の展開が楽しみ。
そして原作を買って読むべきか、悩ましい。