読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

聖性を守るために奪うということ

togetter.com
読んだ。

タイトルに偽りありでフェミニズムは全く関係ない話だったが、内容は極めて興味深かった。
文中に出てきた中島梓云々は、氏の『コミュニケーション不全症候群』の中で(初期の)オタクの話と一緒に描かれている、今のBLに通じる「JUNE症候群」について書かれた項にある。
「JUNE症候群」という言葉、当時の一般的な言葉ではないと思うが、「JUNE」という雑誌がBL系のお話を集めたものとして一部の女性たちに珍重されていたことは知っていた。
中島梓は「JUNE」を愛読する女性たちの心には「女性として社会の成員になること」への拒否があると件の本で書いている。

なぜJUNE作家たちは少年を選んだのか。それを永遠に少年のままにとどめておくためである。少女は犯されることによって少女で無くなってしまう。
-中略-
少女としての自己はまず初潮によって。ついで性を知ることによって、決定的に汚され、失われる。少年は成熟によって男性となる。少女は喪失によって女性となるのだ。処女性と聖性とは少女にとって同一のものである。処女を喪失した少女は妊娠し、子供を持ち、母親となって社会の成員として受入れられる存在となってゆくだろう。彼女は二度と自分を汚れない者として感じることは出来ないだろう。
-中略-
少年には処女性は(隠喩としてはともかく)ないわけであるし、決して少年が性を、まして犯される者としての性を知ったからといって少年の聖性は失われなくともすむ。言い方をかえれば少年こそ、少女たちの夢見た「永遠に処女喪失の瞬間に立ち止まる」存在たりうるのである。少女たちは処女喪失を恐れつつ望み、望みつつ恐れる。その二律背反のはざまで彼女たちは「少年であること」を逃避として選択したのだ。
*1

またこの後に少年漫画などで主人公の妻・愛人・恋人・娘などが襲われ、犯され、殺される理由も同根のものであると書いており、Togetterまとめの話はあながち筋違いではないとわかる。


同書を読み返して二昔前のジェンダーを取り巻く環境の違いを何となく感じる。
今の世の中でも処女性に価値を見出す人は少なくはないだろうが当時は今よりも割りと強かったようだし、また男性に対してもいわゆる「男らしさ」を求める傾向が強かったようだ。
だが、構造としては今に通じる話だ。


件のまとめで話されていることで私がオモシロイと思ったのは二次創作でレイプや薬物を使う展開を行うのはキャラクターを汚したいからではなくキャラクターをそのキャラクターとして守りたいからだという部分。

これ常識的には何言ってんだ?という話だが、上記した中島梓の話や、個人的には坂口安吾の「堕落論」の下記の部分などにその元凶を感じ取っている。

-前略-
昔、四十七士の助命を排して処刑を断行した理由の一つは、彼等が生きながらえて生き恥をさらし折角せっかくの名を汚す者が現れてはいけないという老婆心であったそうな。現代の法律にこんな人情は存在しない。けれども人の心情には多分にこの傾向が残っており、美しいものを美しいままで終らせたいということは一般的な心情の一つのようだ。十数年前だかに童貞処女のまま愛の一生を終らせようと大磯のどこかで心中した学生と娘があったが世人の同情は大きかったし、私自身も、数年前に私と極めて親しかった姪めいの一人が二十一の年に自殺したとき、美しいうちに死んでくれて良かったような気がした。一見清楚せいそな娘であったが、壊れそうな危なさがあり真逆様まっさかさまに地獄へ堕おちる不安を感じさせるところがあって、その一生を正視するに堪えないような気がしていたからであった。
 この戦争中、文士は未亡人の恋愛を書くことを禁じられていた。戦争未亡人を挑発堕落させてはいけないという軍人政治家の魂胆で彼女達に使徒の余生を送らせようと欲していたのであろう。軍人達の悪徳に対する理解力は敏感であって、彼等は女心の変り易さを知らなかったわけではなく、知りすぎていたので、こういう禁止項目を案出に及んだまでであった。
 いったいが日本の武人は古来婦女子の心情を知らないと言われているが、之これは皮相の見解で、彼等の案出した武士道という武骨千万な法則は人間の弱点に対する防壁がその最大の意味であった。
-後略-*2

聖なるもの、自らが愛したものをそのままに留めて置きたいと願うのは人情だが、この世は諸行無常でありあらゆるものは流転変転していく。
しかしそれでもなお、変わり続けていく世界に抗い…などというと大層な話だが「前に進めない」も含めて、そこに立ち止まることを願った時、それには対価が必要となる。
その対価、捧げられた供物が、BL作品で犯され続ける男性であり、レイプや薬物で自由を奪われたキャラクターたちであり、インドで起きたレイプされた挙句それを理由に父親に殺された娘たちなのだと思う。


まあ、全般的にはむしろ色々な物語における「家族」とか「恋人」とかに見られるパターニズムに対する不信感という点をこそ話しているまとめなので、ここに書いていることはむしろ誤読の意見になるとは思うが…。



余談

まとめのタイトルの「フェミニズム」、全然内容と関係ないよねと思う。
たぶん「女性に優しい」=「フェミニズム」という意味合いで使っているのだろうけど。
この場合むしろ「対象に対し紳士たろうとすること」=「ジェントルマンシップ」という言葉の方が合っているのではないだろうか。
さもなきゃ騎士道とか武士道。
対象に対する一方的な敬意や愛のあり方の問題なわけだから。
(まあそれはそれで本来の方向性とは大きくズレているのだが、件のまとめででている話こそ正に「愛しているから破壊する」的な話なわけだから、そういう意味では合っていると思う。)

*1:筑摩書房『コミュニケーション不全症候群』P223L10-P224L15

*2:青空文庫 坂口安吾「堕落論」